2014.05.31 06:46|人形のおはなし|
あるひとつの理想の形を差す言葉に、黄金率というものがあります。
何か立体をつくっている人ならふと「自分はわかった!」と思う瞬間があると思うのですが、それは例えば手の作り方だったり、足の造形が上手になったり、顔が左右対称に作れるようになったかな?などの個々のことが多いと思います。
もっと高度なわかった、は、目で見てミリ単位がわかるようになる、直線的ではない立体を見て、一瞬で左右の誤差がわかるなどの、アウトラインの修正ができるようなこと。
もっともっと高度なのは、完成品を想像したとおりに仕上げることが出来て、衣装やその周囲の風景も見えていて、出来上がった作品が見る人にどう受け止められるのかまでわかるような、そういう全体の作品としてのまとまりが見えること。
なんとなくわかる、ではなくて、変な表現かもしれないけれど表現上の「決め打ち」ができるような、わかるのこと。
そういうのをね、ホシノさんの個展を見たときに思ったのです。
創作人形としてのあるひとつの理想のカタチで、ホシノさんにはこの風景が見えていたんだなぁと。
きっといろんな背景があってここにたどり着いていらっしゃるのだろうけれど、無理なく、集まる方々もごく自然に足を運べる。
そういう、個展としての理想でもあります。
いつか、自分の中の黄金率がわかればいいなぁって思うことがあります。
ふとした瞬間に、この人は黄金率を知っているんじゃないかと感じることがあります。
お月様を見上げて綺麗だと思うように、すんなりと良いと思える作品が作れるように、私も精進したいです。
何か立体をつくっている人ならふと「自分はわかった!」と思う瞬間があると思うのですが、それは例えば手の作り方だったり、足の造形が上手になったり、顔が左右対称に作れるようになったかな?などの個々のことが多いと思います。
もっと高度なわかった、は、目で見てミリ単位がわかるようになる、直線的ではない立体を見て、一瞬で左右の誤差がわかるなどの、アウトラインの修正ができるようなこと。
もっともっと高度なのは、完成品を想像したとおりに仕上げることが出来て、衣装やその周囲の風景も見えていて、出来上がった作品が見る人にどう受け止められるのかまでわかるような、そういう全体の作品としてのまとまりが見えること。
なんとなくわかる、ではなくて、変な表現かもしれないけれど表現上の「決め打ち」ができるような、わかるのこと。
そういうのをね、ホシノさんの個展を見たときに思ったのです。
創作人形としてのあるひとつの理想のカタチで、ホシノさんにはこの風景が見えていたんだなぁと。
きっといろんな背景があってここにたどり着いていらっしゃるのだろうけれど、無理なく、集まる方々もごく自然に足を運べる。
そういう、個展としての理想でもあります。
いつか、自分の中の黄金率がわかればいいなぁって思うことがあります。
ふとした瞬間に、この人は黄金率を知っているんじゃないかと感じることがあります。
お月様を見上げて綺麗だと思うように、すんなりと良いと思える作品が作れるように、私も精進したいです。
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